樽の中の時間の色

◆山崎の水、命の水

 ウイスキー工場見学でとくに感動するのは、暗い倉庫の中である。
 「ニューポット」という、ウイスキーの原型となる70度前後の無色透明のお酒をホワイトオークの樽に詰め、5年、10年、20年と倉庫で寝かせる。
 ひとつひとつの樽は、スコットランドでいう“命の水”のいわば源が詰められた樽だ。それぞれの中では透明のニューポットが、樽を通したひそやかな呼吸によって熟成をつづけ、年月を経るごとに琥珀の色合いを深め、そして命の輝きと厚みを強めていく。やがて、“命の水”と呼ばれるあの液体が、暗い倉庫の中で、静かに誕生する。
 この、命の水創造という営みを繰り広げるひとつひとつの樽が、暗くて静かな倉庫の中に、無数に横たわっている。80年も昔の古い樽もあれば、ここ数年にニューポットを込められた新しい樽もある。動きのない空間に、ひとつひとつの樽が持つ時間を、そしてすべての樽に通じる歴史を、感じる。山崎蒸溜所の倉庫
 北海道・余市ニッカウヰスキーでは、なんといっても北海道のさわやかな風と豊かな自然の下、広大な敷地に広がる情緒たっぷりの倉庫群や蒸溜施設が美しかった。まさに北海道のイメージにピッタリで、観光施設としてもよくできたところである。
 山崎のサントリー工場には北海道のような趣はないけれど、そこには歴史の重みがある。万葉の時代から知られ、千利休も愛したという“山崎の名水”。その歴史的な水脈の上で、その水をもって世界に誇る“命の水”を生み出しつづけているという人間たちの迫力は、山崎の地に立つとしっかり感じられる。山崎といえば羽柴秀吉明智光秀を討った「山崎の合戦」でも有名なところ。サントリー工場の背後にそびえ、“山崎の名水”を生み出している山が、あの天王山なのである。
 
       樽の中で熟成するウイスキー
樽の中で熟成するウイスキー。もちろん、本当は樽の中の様子など見えない。これは中が見えるようにした展示品。ニューポットの状態から4年でこの色になる
 

◆ハーフロックの「響」に感動

 さて、工場や樽倉庫の見学を終えて、待望の試飲。
 最初に「北杜12年」のハーフロック*1が出てきて、そのあとのおかわりタイムでは「響」や「山崎」を飲むことができた。「響」は17年物で、残念ながら30年や21年ではなかったが、まあそれは仕方ない。「山崎」も12年だったか。こちらも、さすがに1本100万円という「山崎50年」は飲ませてもらえない(笑)。
 しかしおいしい。「響」は初めて口にしたが、落ち着いた厚みのある味で、ハーフロックが実に合う。舌の両脇から裏へ回り込んでいくときの感覚も、ハーフロックならなめらかで、かつ深みも感じる。おそらくストレートや通常のオン・ザ・ロックでは強すぎてこの微妙な味わいが出ないのだろうし、反対に水の割合が多い普通の水割りだと薄くなりすぎてしまう。ハーフロックはたしかに、こういった強い酒を楽しむには最高の呑み方かもしれない。
 これは泡盛にもいえること。泡盛は伸びの強い酒だから、水で割っても風味が消えにくい。もちろん薄くしすぎたら話にならないが、水と1対1かやや泡盛が多めくらいで割ると、実に幸福な酒になる。
 自分は泡盛の場合、オン・ザ・ロックで呑むケースがほとんどだけども、氷が少し溶けてきた辺りがいちばんうまいと思う。沖縄でも、水やさんぴん茶、うこん茶などで1対1くらいに割って呑む現地の人が多いし、請福のように「水で割ったときいちばんおいしくなるように作ってある」と広告で言明する酒造所もある。泡盛はロックしかない、とか思い込んでいる人はぜひ一度、水と1対1のいわゆるハーフロックを試してみてほしい。
 話がそれたが、上に挙げた3銘柄をハーフロックで試飲し、さらに原酒(こちらは有料)もいただいて、昼日中からいい感じのほろ酔い気分で山崎の町をしばし散策した。
 山崎という土地は行政的には2つの自治体、どころか2つの府に分かれている。一方が京都府大山崎町で、もう一方が大阪府島本町。この府境が「山崎」と呼ばれる地域の真ん中を貫いていて、JR山崎駅はホームの途中に府境がある。ちなみにJR山崎駅の大部分と阪急・大山崎駅京都府側、サントリー工場は大阪府側にある。なお、天王山の山頂は京都府側。
 これはつまり、いまでこそ京都府大阪府の境だが、かつては山城国摂津国の国境であったことを意味してもいる。古くは関所も置かれていたようで、街道の要所なんである。町中を歩いていると、旧西国街道沿いに「従是東 山城国」(ここから東は山城の国)と書いた道標が立っていたりする。とそんな史跡をいくつか見ていたら、選挙カーが1台キターッ! 大音量で「辻元清美でございます」。とりあえず手振ったワァ。べつにうれしくもなんともなかったけど。
 

◆おあずけ麩まんじゅう

 山崎から京都まではJRで13分、阪急(大山崎から)で河原町まで20分とちょっと。京都駅のほうに行く用事もべつになかったから、行きと同じく阪急電車河原町に戻った。
 駅を出て、新京極から錦小路を抜け大丸のほうまでぶらぶら散歩。錦小路は休んでいる店もけっこう多かった。そういう時期か……なんて他人事に思っていたら、京都にきたときかならず麩まんじゅうを買う「畑野軒老舗」も26日までお休み。残念なことにきょうはあの生麩まんじゅうを食べられなかった。錦小路の中にはほかにも麩まんじゅうを売っている店がいくつもあるけど、(寺町側からいえば)出口に近い端っこのほうにあるこの店の麩まんじゅうが、なぜか僕は以前から好きなのである。買って、その場ですぐに食べてしまうのがいちばんおいしい。27日以降、また行こう。
 大丸のほうから四条河原町に引き返し、今度は四条通の南側をしばし歩いた。京都の町と沖縄の共通点は、とにかく歩いているだけでもむっちゃ楽しいことだ。四条大橋で鴨川を渡ると、河原は夕涼みの人がいっぱい。四条大橋の上も観光客でいっぱい。そして、そう夕方、川床がいい時間。去年、行きましたなぁ。ひとりでは微妙なのできょうは行かない。誰か一緒に行きましょう(笑)。
 祇園をぶらぶらして、途中で「柚子入り和風コーヒー」なるもの*2を飲みつつ、八坂神社の前のローソンで水2リットルを買って宿に帰還。と思ったらおなかがすいた。何か食ってくるか。 (21:56)
 

*1:氷を入れたグラスにウイスキーと水を1対1で入れる、サントリー推奨の呑み方

*2:これ、コーヒーの上に小さな柚子がひと切れのってる。味は全然普通だった、、、