楽園荘

 与論島は周囲22km、人口6000人程度で、鹿児島までは500km以上あるが沖縄本島は28kmしかない。鹿児島県ながら、実態は沖縄県の島という感じだ。
 以前書いたように、奄美諸島は沖縄よりもかなり早く本土復帰を果たしている。つまり沖縄が日本に返還される1972年まで、この与論島が日本の端となっていた。島の南側からは沖縄本島の最北端・辺戸岬(へどみさき)や、山原(やんばる。沖縄本島北部の地域)の山々がよく見える。あすこまで30kmもないというのだから、たしかに沖縄は近い。
 楽園荘日付的にはもうきのう、船はほぼ定刻どおりの午後1時45分に与論の港に着き、宿のおばちゃんの迎えの車で民宿「楽園荘」へ向かった。タラップから下り立ったときの陽射しの強さは、やはりここは沖縄だなという印象を覚えた。
 ちょうど同じ時間に鹿児島からやってくる飛行機があるというので、迎えの車は空港にも回った。しかし、飛行機は鹿児島を飛び立ったものの奄美大島上空の天候が悪く、鹿児島へ引き返した(つまり欠航)とのこと。この宿には今夜、僕と、その飛行機でやってくるはずだった女性2名が新たに泊まることになっていたのだが、結果的には僕と、長期滞在の千葉のおばさん・おばあさん親子の3人だけとなった。
 楽園荘は与論の市街地(宿のおばちゃんいわくダウンタウン。ただし言うまでもなく小さな町)から離れた島の東側にある。近くには、おそらく与論でいちばん有名な場所である百合ケ浜がある。宿の周りはサトウキビ畑ばかり。とても静かで、サトウキビや木々を揺らす風の音しか聞こえてこない。
 百合ケ浜というのは、干潮時だけ海面から顔を出す、透明度の高い美しい海に囲まれた真っ白な砂浜だ。ここにグラスボートで行った話、さらに夜の話などは、ひと寝入りして朝起きてからにしよう。ところで、わかりづらいけどトップの写真が楽園荘ね。 (0:48)