南アフリカ旅日記 〜day8後半 Cape Town〜

<6月29日続き>
ビクトリア・ワーフ さしあたって向かったのは、ビクトリア・ワーフ。この巨大なショッピングセンターには、数多くのブランドショップやスポーツ店、貴金属店、スーベニアショップ、CD・DVDショップ、レストラン、コーヒーショップ、フードコート、スーパーマーケットに、外貨両替所までがいくつもある。その数、飲食店だけで40以上。ショップ全体では数百にも及ぶというからたいしたもんだ。
 当然、敷地面積も相当広い。ブラブラ歩いているだけでも時間はつぶせるのだけれど、考えてみたら僕らはこの日、ホテルのフロント前に用意してあるフリーのマフィンを軽く食べただけで、朝食らしい朝食をとっていなかった。
「まず、なんか食べよう」とむこっち。僕も即、賛成する。ビクトリア・ワーフの中にもレストランはたくさんあるわけだけど、時間帯は昼に近づき、朝とは打って変わってすでにすごい人出になっていた。つまり、どこのレストランもフードコートも混み合っていたということだ。僕らはワーフをいったん出て、賑わいだしたウォーターフロント内を歩き、「Mitchell's」という名の雰囲気のいいスコティッシュ・パブに目をつけた。
ウォーターフロントのスコティッシュ・パブ
 僕らが注文したのは「Seafood Platter for Two」、つまり2人前のグリルシーフードの盛り合わせ。お値段、145ランド(約1700円)。ウォーターフロントのレストランは人気スポットという場所柄、概して価格が高めなのだけれど、この店はそれほどでもなかった。
グリルシーフードの盛り合わせ 出てきたプレートは、これほんと2人前かよというくらいの量。プローンが12尾(たしかそれくらい)、ムール貝のような貝にクリームソースをかけたものが7つだか8つだか、カラマリのフライとチップス(フライドポテト)がそれぞれたっぷり、さらにプレートの真ん中には大きな白身魚がドンと。たぶん、日本風にいうなら4〜5人向けといえちゃうだろう。僕はカッスルとキルケニーでこのプレートにがっつき始めた。最後は僕もむこっちも、さすがにそうとう腹いっぱいになった。
 
歌う人々 満腹で表に出ると、人の数はさらに増加。路上パフォーマンスの周りにも大勢の観光客が集まっている。スペインとポルトガルのユニフォームを着たり、それぞれの国旗がデザインされたブブゼラを持っている人たちが目立った。グループリーグとちがって負けたらおしまいの決勝トーナメント。この人たちの半分が、今晩にはその気分を味わうんだなぁと思う。……まあ、僕らもそれを味わうことになるのだけれど。
 この時点でまだ午後1時、日本戦開始までは3時間。午前のうちは雨は降ったりやんだりだったけれど、この頃から激しい雨に変わってきた。それから2時間ほどは、ビクトリア・ワーフの中を歩き回ったり、FIFAのショップを眺めたりして過ごした。
 開始1時間前の3時頃、そろそろパブリックビューイングの会場へ行こうという話になった。ウォーターフロントには屋外ステージを含めいくつものPVがあったけれど、雨が激しくなったので、地元通信会社MTNのサポートにより建てられた巨大な仮設テントのPV会場を僕らは選択した。
PV会場の天井
MTNが運営するパブリックビューイング会場の中で天井を見上げる。外は大雨
 試合開始までは、今晩のスペイン・ポルトガル戦チケットやブブゼラのプレゼントが行われたり、女性ミュージシャンが出てきて何曲か歌ったりした。PV会場にてミュージシャンが歌うポルトガルサポーターの一家は赤ワインのボトルを開けながら歌に合わせて踊り、バファーナ・バファーナ(南ア代表チーム)のユニフォームを着た太っちょのじいさんもビールを片手にダンスしていた。
 ちなみに会場では、日本人の姿も6、7人見かけたけれど(ユニを着ている人も数人)、ほとんどはスペインやポルトガルのサポーター、あるいは地元のサッカーファンだった。
 そして、4時。日本・パラグアイ戦のスタート。僕らは手に汗握り、前方の巨大なスクリーンを見つめた。4日の日記にも書いたように、会場の大半を占める“非日本人”は、なぜだかほとんどが日本の応援。パラグアイを応援する人など数えるほどしかいなかった。日本のチャンスがくれば一斉に立ち上がり、チャンスを逃せば頭を抱え、ピンチをしのぐと拍手がわいた。ここは明らかにアフリカなのに、なんだろう、アフリカではなく、かといってもちろん日本でもなく、“世界”という場所で日本のゲームを見ているような、不思議な空間だった。
 試合が終わり、PV会場の外に出ると、雨はすっかり上がり、宵の手前の晴れ間が空じゅうに広がっていた。地元の人と思われるおじさんが、肩を落として歩く僕らに近づいてきた。
「残念だった。きょうは君たちのラスト・デイだな。でも本当にいいチームだったよ」
 勝ち抜きの決勝トーナメントで負けることの厳しさ、せつなさと、そして何よりここまで勝ち上がった日本チームの強さを、ともに実感した夕方だった。
 
 ウォーターフロントからグリーンポイント・スタジアムまで、スペインやポルトガルのサポーターたちとともにぞろぞろと歩いた。
 正直、ルステンブルクのスタジアムは小ぢんまりとしていてショボかったし、何より周囲に何もない場所だったから、会場には地味なイメージしか残っていなかったが、ここグリーンポイントはまったくちがう。ケープタウンの街中にあり、しかも観光スポット・ウォーターフロントから歩いてすぐであって、スタジアム自体も大きく近代的。そこが6万人をはるかに超えるスペインとポルトガルのサポーターで埋め尽くされ、ルステンブルクで聞いた何倍もの迫力でブブゼラの音の束が響き渡る。ウェーブが起きる前には、観客たちがそろって床を踏み鳴らし、遠くから地鳴りのような震動が伝わってくる。これこそワールドカップだよな、そう感じた。
 ゲーム自体も、ハッキリいってレベルがちがう。パス回しの鮮やかさ、キープの正確さ、そしてボールへの(ゴールへの)執着心。行き当たりばったりのロングボールはほとんどないし、タッチも不用意に割らない。日本がこの両チームに勝てる日はくるのだろうかと、真剣に心配になってしまうくらいだった。
 まあ、それに加えて、やはり自分の母国のチームが勝ち負けの瀬戸際で戦うゲームは、常にドキドキで、常にびびり、常に追い詰められるので、楽しんで見るのは難しい。その点、他国同士ならば、純粋に、思いきって楽しめるのがやっぱりいいところだと思う。
スペイン代表
キックオフ直前、イニエスタ、シャビ、フェルナンドトーレスダビド・ビジャが並ぶ。イニエスタはやっぱりスゴかった
クリスティアーノ・ロナウド
クリスティアーノ・ロナウドはやはり世界のヒーロー。彼がボールを持つと、スタジアムが無数のフラッシュで包まれた
 ご存じのように、ビジャのゴールでスペインが1‐0の勝利。僕らはこの試合の興奮と、そしてやはり日本が負けたショックの想いをともに体に詰め込んで、ホテルに向かう帰り道を急いだ。
ケープタウンのFANウォーク スタジアムからケープタウン駅までの徒歩約30分の道のりは、FANウォークと名づけられ、多数のサポーターがワイワイガヤガヤ(あるいはブブゼラブーブー)いいながら歩ける安全な道。数多くの警察官や警備員がしっかりガードする。パブやクラブやレストラン、スタンドショップなど店も多く、もう11時近いというのにたいそうな賑わいだった。おそらくこれから後、スペインサポーターの大騒ぎと、ポルトガルサポーターの大落胆が、この近辺では朝まで見られるのだろう。
 
 ところで、ホテルへの帰り道についてひとつの懸念があった。これは今回、南アにくるすべてのサポーターを共通して悩ませていたテーマでもある。何かといえば、アクセスの問題だ。つまりスタジアムまでどうやって行き、どうやって帰るか……である。スタジアムへのアクセスには、2段階のフェーズがある。最初のフェーズは開催都市までどうやって行くかということ、次はその街からスタジアム自体にどう行くのかということだ。
 まず最初の段階については、街自体に空港があるところ、たとえばヨハネスブルクケープタウン、ダーバン、ポートエリザベスでは問題にならないけれど、プレトリアルステンブルクなど空港からやや離れたところでは真剣に考えなければいけない問題になる。たとえば日本が試合を行ったルステンブルクプレトリア。普通はヨハネスブルクの空港まで飛び、空港あるいは市内からレンタカーやタクシー、手配したシャトルバスなどを利用した。前にも書いたようにルステンブルクは空港から車で2時間強、プレトリアは行ってないので聞いた話だけれど渋滞がなければ1時間弱だったようだ。
 もうひとつの都市内移動では、たいていの街でスタジアムまでの最終アクセスにパーク&ライド方式を採用している。パーク&ライドとは、会場から比較的近い地点に設けられた専用駐車場のことだ。通常の利用パターンとしては、パーク&ライドに指定された駐車場まで自家用車やレンタカー、タクシー、バスなど何らかの手段で向かい、そこからは主催側が用意したシャトルバスなどに乗り換える。ルステンブルクのゲームでは、ヨハネスブルクからチャーターしたワゴンで会場近くのパーク&ライドまで行き(ルステンブルクらしく舗装もされていない荒地のような駐車場だった)、そこからスタジアムまで約10分のシャトルバスに乗り換えた。
 ケープタウンのグリーンポイント・スタジアムの場合、国際路線も持つ空港があるので、まず街自体へのアクセスは問題にならない。問題は第2フェーズのほうである。今回の僕らのように市街中心部からちょっと離れた場所に宿を取っている場合、どうやってアクセスするか。
 実は、僕らが泊まっているGrandWestの広大な駐車場は、試合開催日はパーク&ライドに指定されている。つまり、地元の住民や、あるいは郊外に宿を取っている観戦客は、ここに車を止め、ここから公共交通機関でスタジアムまで向かえばいいということになる。GrandWest自体がパーク&ライドになっているということは、宿選定の時点でも決め手の要素のひとつだった。なぜなら試合の日はここに多くの人間が集まり、セキュリティも通常に増して高くなるだろうと想定できたからである。
 その想定自体はまちがってはいなかった。ただ、普通パーク&ライドからスタジアムまでの移動にはシャトルバスが用意されるのだが、GrandWestのパーク&ライドについてはそうではなかった。GrandWestの広大な敷地は、Goodwoodというローカル鉄道の駅に隣接している。GrandWestに車を止めた観客は、要はこの鉄道を利用しろというのである。
 南アに行く基本的な心得のひとつとして、「一人で歩くな」「夜は出歩くな」ということと並んで「ローカルの鉄道やバスなど公共交通機関は使うな」というものがある。実際に南アへくる前にも、複数の滞在経験者に「鉄道は乗らないほうがいい」とハッキリ言われていた。
「レンタカーは、ヤバイところに行かなければまず安全。しかも複数で乗るならもっと問題なし。でも鉄道やミニバス(地元の黒人が利用する民間の足のような交通網)は、ちょっと保証はできない」
 というのだ。Goodwoodの駅からケープタウン中心部に向かうのは、まさにローカルな鉄道である。もちろんこういう期間だから、たくさんの警備員が張り付き、セキュリティを確保しているのだろうが、いざ利用するとなるとやっぱりちょっと緊張する。
 スタジアムまでの往路はすでに書いたように、空港から直接シャトルバスで中心部のシビックセンターまで乗り込んだ。それは朝、空港にレンタカーを返しに行っていたからでもある。ただ帰りは、空港に行っても仕方ない。宿に帰らなければならないので、とすればどうしたってこの鉄道を使わなければならないわけだ(あるいはタクシーを呼ぶかだが)。
ケープタウン中央駅 FANウォークでケープタウン駅まで着いた僕らは、駅の構内に入った。この駅自体が、普段ならば「なるべく近づかないほうがいい」といわれるスポットでもあるが、いまはたくさんの警備員がいて安心。カメラを撮り出して撮影することすらできる。
 ここから、Goodwood駅に向かう鉄道はどれかを改札の人に聞いて、乗り込んだ(試合の観戦チケットを持っていればタダで乗れる。ホームは薄暗く、列車の車内はもっと薄暗かった。ただ幸いなことに(というか、まあそうだろうと想定してはいたのだけど)、警察官が乗り込んでいたし、地元の黒人がほとんどの中にも試合帰りの白人がある程度は乗っていた。だから僕らは、緊張しつつも、まあ大丈夫なんじゃないと少しは安心もできた。
 列車は車内アナウンスがなく、路線図と見比べて、いま何個目の駅だからGoodwoodまではあといくつだよねなどと確認していなければならなかった。窓の外を見ても、小さな駅は真っ暗で、駅の表示も見えなかったし。でも結果的には、乗っていた白人たちはみなGoodwoodで降りたので、要はみんなGrandWestのパーク&ライドを利用していたのだった。駅とGrandWestを結ぶ小さな橋を渡り、GrandWestのゲート内に入ったその瞬間は、ほんとにほっとしたよ。(day9へ続く)
 
 (8:48)