南アフリカ旅日記 〜day8前半 Cape Town〜

<6月29日>
 朝5時頃に起床。といってもこの日の早朝起床は自然のめざめではなくて、レンタカーを返すため。僕らはレンタカーを、デンマーク戦からケープタウンに戻ってきた25日午前7時から、この日午前7時までの5日間借りていた(実質的には丸4日)。なぜ29日までかというと、この日はケープタウンの街歩きばかりなので車はまったく不要で、さらに翌30日朝にはケープタウンをいったん離れるからだった。
 ホテルをまだ真っ暗の6時半に出て、空港へ。GrandWestから空港までは道がすいているとわずか15分弱だ。ガソリンを入れようかどうしようか迷ったけれど、ひとまず満タンにせずに返してみようということでむこっちと話がまとまった。必要なら請求されるだろうし、もしかしたらそのまま返せちゃうかもしれない。かつてアメリカのフロリダで、やっぱり満タンにしないで返しちゃったことがあった。そのときは、べつにあとからなんにもなかった。
 で、案の定、なんのチェックもなく返せた。ま、大丈夫でしょ。
 
 この日の予定。まずレンタカーを空港で返したあと、空港からケープタウン中心部のシビックセンターに直行するシャトルバス(片道50ランド=約600円)に乗る。めざすは「V&A(ビクトリア&アルフレッド)ウォーターフロント」。ビクトリア・ワーフ内にてケープタウン随一の賑やかなスポットで、港を囲んでいくつかのショッピングセンター(写真はビクトリア・ワーフ・ショッピングセンター内に設けられた巨大なサッカーボール)や、ホテル、レストラン、パブ、水族館などが建ち並んでいる。地元の人に加え観光客にもきわめてポピュラーで、このエリアは警備員を多く配置するなどセキュリティもしっかりしており、夜でも安心して歩くことができる……とウェブサイトなどにも書いてある。
 なぜこのタイミングでウォーターフロントに行くのかといえば、そこから世界遺産・ロベン島行きのフェリーが出るからだ。ロベン島への船は島内でのガイドもセットになったツアー形式で運航され、当然ながら世界中の観光客に大人気。当日では空きがないことも多いという。僕らはこの日午前11時のツアーを日本で予約してあった。
ロベン島行きの船
ロベン島行きの船。この日は天候が悪く、空も暗い
 それともうひとつ。ウォーターフロントから歩いて10分ほどのところに、この晩スペイン・ポルトガル戦が行われるグリーンポイント・スタジアムがある。僕らはそのチケットを持っているから、まずロベン島に行き、午後2時頃ウォーターフロントに戻ってきて昼飯を食った後、夕方からパブリックビューイングで大一番の日本・パラグアイ戦を観戦。そして夜はグリーンポイントでスペイン・ポルトガル戦を観戦……というのが、この日の計画だったのである。
 実はデンマーク戦からケープタウンに帰ってきたあと、僕らはパラグアイ戦の観戦計画も練ってみた。ほとんど行く気にもなっていたのだけど、ケープタウンからプレトリアへ移動するのにまた金がかかることと(ヨハネスブルクまで飛び、そこからタクシーやシャトル)、その晩の宿をプレトリアヨハネスブルクで探さなければならないこと、またプレトリアでチケットが手に入るか不透明だったこと……などから、最終的に諦めた。
 結果的に、聞いた話ではプレトリアではダフ屋の規制が厳しかったようで、パラグアイ戦を諦めて当初予定どおりケープタウンのスペイン・ポルトガル戦にしておいたのは、正解だったと思っている。優勝チームのすばらしいパスサッカーを生で目撃できたし、パブリックビューイングも(負けてしまったとはいえ)なかなか貴重な経験ができた。
日本・パラグアイ戦のパブリックビューイング
 
 ともあれ、話を戻そう。空港からのシャトルバスは、20分ちょっとでシビックセンターに着いた。出発が早かったのでまだ9時だ。ここからウォーターフロントまでは、歩いて15分くらいかかる。シビックセンターは市街地の中心部に位置する建物で、日本領事館もこのビルに入っている(※下の注参照)。また、建物の1階はことし運行が開始されたバスサービス「MyCiTi」のターミナルになっている。空港からのバスはそこに着いたわけだ。
 一連の南ア旅日記を読んできてお気づきかもしれないが、僕らは南ア到着以降、まだ一度も街らしい街の中を歩いていなかった。ひとつは、ここまで観光で訪れたのは車で行くところばかりで、街に徒歩で出るチャンスがなかったからだし、宿が市街地からやや離れた郊外なので(といっても車で20分だが)わざわざ街に出る用事もなかったからだが、もうひとつ、やはり不用意に街を歩くのを避けていたからでもある。その辺は僕もむこっちも、南アにくる条件(?)として「とにかく安全を最優先に考え、危ない場所には絶対に行かない」とそれぞれの奥さんにきっちり約束してきたという“家庭の事情”もあった(笑)。
 そんなこんなで、この日の朝、シビックセンターからウォーターフロントまで歩くのが、南アで初めて街中を歩く機会になったわけである。ウォーターフロントのエリアに入ればもう安心だけれど、そこまでの道すがらはとくに警察も警備員もいない普通の街。しかもシビックセンターのすぐ隣は鉄道駅で、その一帯はガイドブックなどで「とくに注意を要する地域」と警戒を促している場所である。人のいない横道に絶対に入らないようにするのはもちろん、大通りでもなるべく他の通行者と一緒に歩くべきだろう。渡航前に複数の南ア在住経験者から、「街を歩くときは、大きな白人を見つけて一緒に歩いたほうがいいですよ」と言われていた。
 ところがこの日はまだ朝が早いせいか、シビックセンターの周囲は歩いている人がほとんどいなかった。ここからウォーターフロントに向かう道は途中までオフィス街だし、朝早いといっても平日の午前9時だから、もっと人がいると思ったのだが。むこっちと僕は、おそらくけっこう緊張した面持ちで歩いていたと思う。キョロキョロしないよう気をつけながら周囲に目を配り、あやしい人がいれば近くの銀行の建物にでも飛び込めばいいやと思った。
 ちょうどそんなときである。僕らの少し前を、いかにもサッカーのサポーターらしきラフな格好をした白人男性がひとり歩いていた。残念ながら(?)背は大きくないが、腹は十分出ていて、ラテン系あるいはヒスパニック系の面持ち。その彼が、僕らの姿を見つけて「ウォーターフロントはこの方向で合ってるかい?」と聞いてきた。
 僕だってこの街の住人じゃないし、ウォーターフロントに行くのは生まれて初めてなので、地図からすれば合っているとは思っても「たぶんね」としか言えない。
「そうか。周りに人がいないから心配になったよ」と彼は笑顔で応え、それからウォーターフロントまで一緒に歩いていくことになった。彼のいうように人はほとんど歩いていないし、僕らにとっては渡りに舟、彼もほっとした表情をしていたから、きっとひとりで心細かったんだろう。
 どこからきたのか尋ねると、笑顔で「US!」。僕らが日本人であることを告げ、「アメリカは(決勝T1回戦で)負けてしまって残念だね」と言ったら、「韓国が負けたから、アジアで残っているのは日本だけだ。すばらしい」と、いちおうのコンプリメントをくれた。彼もやはり、夜はグリーンポイントに行くそうだ。
 腹の出ている彼は、わずか15分の道のりなのに、10分すぎたかすぎないかで「もう疲れたよ」。さすがにそれは運動不足すぎるだろう。僕は「ちょっとエクササイズしたほうがいいのでは?」と忠告しておいた。そんな彼とウォーターフロントの入り口辺りで別れ、彼はビクトリア・ワーフ・ショッピングセンターへ、僕らはロベン島行きフェリーターミナルがあるクロックタワー(時計塔)のほうへとそれぞれ歩みを向けていった(実はこの彼とは、翌日ふたたびケープタウンの空港で会うことになる)。
 ところでこの日は、朝からずっと雨模様だった。シビックセンターを出た頃はポツッ、すこし空いてポツッ、だった雨も、ウォーターフロントに着いた時点では連続的になっていた。
雨のウォーターフロント
ウォーターフロントに到着……でもけっこうな雨と風
ウォーターフロントのクロックタワー
印象的なクロックタワーの周囲も、朝早いうえ雨のせいか人の姿はまだ少ない
 おまけに、風が強い。雨が上からではなく横から吹きつける感じ。海も見るからにうねっている。船が出るまではまだ1時間半以上あるけれど、強風がこのままやまなければ出航はヤバイかもと思い始めた。
 案の定、風はむしろ強まる。ターミナルではすでに11時のチケットを手に入れた文字どおり世界各国の人たちが、雨宿り風宿りをしている(さすがにこの晩ゲームがあるスペイン人が目立った)。やがて出航5分前をすぎるが、乗船させる気配はない。そしてとうとう11時を回った頃、「本日のロベン島行きの船は強風のため全便欠航」とのアナウンスが流れた。
 船が出ないとあらば致し方ない。僕らは払い戻し手続きを行い、4日後の7月3日の予約を改めて取り直した。それはともかく、さてこれからどうしよう。日本のゲームは午後4時から。まだ5時間もある。僕らは雨のウォーターフロントをうろついた。(day8後半へ続く)
 
※ちなみに日本大使館は、もちろん首都のプレトリアにある。ただし南アの場合、首都といっても少々事情がちがう。プレトリアは行政上の首都であって、立法の首都、司法の首都は別の街に置かれている。司法の首都は日本が初戦でカメルーンと戦ったブルームフォンテン、そして立法府の首都はここケープタウンだ。つまりケープタウンには、南アの国会が置かれているということになる。
 
 (17:01)