南アフリカ旅日記 〜day9前半 Victoria Falls〜

<6月30日>
 14日間の中日はすでに過ぎて、残すはあと6日。この旅日記をday0からずっと読んでくださっている方(いるのかどうかわからんけど)も、だいぶん飽きてきた頃だとは思うが、まあ残りもわずかということで、いましばらくおつきあい願いたい。
 6月最後のこの日、僕らは早朝4時半にCity Lodge GrandWest Hotelをチェックアウトした。フロントに呼んでもらったタクシーの運転手は、映画「ブッシュ」の父さんブッシュに顔が似ている、歩くのもおぼつかないヨボヨボの白人のじいさんだった。トランクの荷物の積み降ろしも、自分たちでやった。その分チップは若干少なめで済んだけど。
 朝食は空港のWimpyでとった。この時間にそんなにバリエーションがあるわけもなく、いつもの卵(僕はだいたいサニーサイド)とベーコンとソーセージと焼きトマトにトーストとコーヒーというイングリッシュブレックファースト。まだ6時になっていないから、窓の外に見える滑走路はまったく暗い。
 これから僕らが乗るのは、午前7時発のヨハネスブルク行きBA(ブリティッシュエアウェイズ)6424便。ヨハネスで乗り換えて、めざす場所は世界遺産の滝・ビクトリアフォールズである。
 決勝トーナメント1回戦の8試合は前日までに終了。この日から3日間はゲームがないため、宿泊込みでの観光に充てる人が多かった。僕らのようにビクトリアフォールズに行く人間もいれば、クルーガー国立公園で数日間のサファリに興じる人もあり、あるいはナミビアレソトなどに向かう人もいただろう。ケープタウンのBAのチェックインカウンターでは前日ウォーターフロントへの道すがら出会ったアメリカ人の彼と再会したし、ヨハネスブルクからはたくさんの日本人サポーターとも一緒になった。
 僕らの予定はジンバブエのビクトリアフォールズで2泊。途中国境を越えてザンビアに歩いていったり、ボツワナのチョベ国立公園でサファリにも参加する。
 もうひとつ、僕ら的にイベントとしておもしろいのは、ビクトリアフォールズでとある日本人サポーターと合流し、行動を共にすることだ。彼は“えちさん”というのだが、年の頃30くらいの青年で、W杯前に東京で何度か開かれたmixiの南ア現地観戦コミュの集まりで知り合い、話を聞いたらちょうど同じ期間にビクトリアフォールズの同じホテルに泊まるということで、一緒に動こうという話にまとまった。
 えちさんはヨハネスブルクから南アフリカ航空でビクトリアフォールズに飛ぶ。僕らのBAの30分くらい前に離陸する便なので、現地のホテルで落ち合うことになった。
 僕らは11時25分発のBA6285便でビクトリアフォールズに向かった。こちらの便では機内食に南アの郷土料理・ボボティが出た。六本木の南アパブ「ゴールデンライオン」で何度か食べたことはあったけれど、こっちにきてからは初めて。この日で4回目の搭乗となったヨハネスブルクケープタウンの国内線(2時間強)ではほとんどサンドイッチばかりだったので、これは妙にうれしかった(南アのビールとワインはどの便でも普通に飲めたけど)。
ビクトリアフォールズ空港のターミナル ビクトリアフォールズの小さな空港に着陸したのは、午後1時ちょいすぎ。定刻よりちょっぴり早く着いたのだけど、ジンバブエの入国手続きに1時間以上かかってしまった。理由はべつに僕らに不備があったわけではなく、ジンバブエのイミグレーションの係官がやたらとのんびりで、ビザ発給に時間を要しただけの話だ。
 ちなみに、ジンバブエの観光ビザにはシングル(30USドル)とダブル(50USドル)がある(ジンバブエの物価を考えればビザ代で何十ドルというのは異様に高いが、これも貴重な外貨獲得手段のひとつなのだろう)。シングルは1度だけ入国できるもの、ダブルは1度出国してもう1度入国できるものだ。このほかにマルチビザもあるらしいが、ビクトリアフォールズの空港で発給可能なのはシングルかダブルだけのようだった。
ジンバブエのダブルエントリービザ 僕らは予定ではザンビアボツワナへと2度出国する。そのうちザンビアへの出国は、24時間以内に再入国するならシングルビザでOKなので、ダブルビザを取っておけば問題なしだと思った。……実際には問題ありだったのだが。
 ともあれようやく入国し、頼んでおいたホテルまでのシャトルに乗って、僕らはジンバブエの景色の中に飛び込んだ。道の両脇はブッシュ(灌木の林)が広がっている。ヨハネスブルクからルステンブルクに向かうときも都市部とはちがう荒涼とした景色を見たけれど、あのときは日没が近くて少し暗かったし、それを差し引いてもこっちのほうが全然アフリカだ。そう考えれば、これは行程9日目にして初めて出会った、いわゆる“アフリカっぽい”景色といえたかもしれない。
 どれくらいアフリカっぽいかというと、途中でドライバーが左側の車窓を指さしながら声を上げた。いわく、
「エレファント!」
 だ。見ると、ブッシュの中をおそらくファミリーであろうゾウが3、4頭、普通に歩いていた。もちろん言うまでもなく、野生のゾウ、野ゾウ。着いていきなりの歓迎である。さすがジンバブエだなぁ……と感動する。
 空港から20分ほどブッシュの只中を疾走して、僕らはビクトリアフォールズ・タウンのKingdom Hotelに到着した。時刻はもう3時に近づいている。チェックインしようとフロントにいると、ここで待ち合わせとなっていたえちさんが近づいてきた。
「おぉ、こんにちは。入国に手間取って遅くなってしまいました。申し訳ない」と僕。
「いえいえ、こちらもすごく時間がかかって、ついさっき着いたばかりなんですよ」と、えちさん。
 東京でのmixiの集まりは計5回開かれて、そのうち僕は第4回と第5回の2度、むこっちは第3回と第4回の2度、それぞれ参加していた(とっきーも第5回だけ参加した)。えちさんとは第5回のときに会ったので、むこっちは会うのはこの日が初めて。ひとまず軽く挨拶を交わし、僕らは部屋に荷物を置いてすぐに、ザンビア国境まで歩いていくため3人でホテルを出発したのだった。
 Kingdom Hotelの敷地の裏手は、もうすぐブッシュの林になっていた。ホテルの人に聞いたらそのブッシュを抜けていくのがビクトリアフォールズへの近道だという。道を案内してくれるというホテルの従業員の先導で、僕らはそこを歩いていった。
キングダムホテルの裏門
ビクトリアフォールズへの近道となる、Kingdom Hotelの裏門。金網の先はブッシュだ。写真では見えづらいのだが、いちばん下の小さな看板には「野生動物はキケン。近づいたりエサをあげたりしないで」と書いてある
 ブッシュに入って1分経ったか経たないかの頃、先導していた従業員が「ちょっと止まって」と僕らを制した。なんだろうと思いつつ前を見ると、僕らが行く道のすぐそこに、1頭のゾウが姿を現した。

ホテルの裏手に現れたゾウ
 僕らの目の前を、悠然と歩くゾウ。野ゾウ。野良ゾウ。そのあとからさらに2頭のゾウがやってくる。僕ら3人は息を呑んで見つめ、ホテルの従業員はにこやかに笑っている。
 おぉ、これこそTHIS IS AFRICA。この一帯はビクトリアフォールズのお膝元であるビクトリアフォールズ・タウンの町中である。メインストリートからもほとんど離れていない。人も頻繁に行き来する。そこを、野生のゾウだ。さすがのアフリカでも、ここまでとは想像していなかった。アフリカの底深さを感じた瞬間だった。
ビクトリアフォールズへ至る道 ゾウたちが通り過ぎるのを待って、僕らはまたブッシュの中を歩き始めた。ホテルの裏門を出てから5分も歩かないうちに、鉄道の線路をまたぎ、その先でビクトリアフォールズ・タウンのメインストリートに交わる。メインストリートを渡った向こうはジンバブエ側のビクトリアフォールズの入り口だけれど(言い忘れたがビクトリアフォールズはジンバブエザンビアの国境にまたがっているので、ジンバブエ側とザンビア側にそれぞれ入場ゲートが設けられている)、僕らはメインストリートを右へ折れて、ザンビアとの国境地帯へ向かった。
 数分歩くと、ジンバブエ側のイミグレーションがある。ここで出国手続きを済ませたら(ついさっき入国したばかりだけど)、その先はザンビア側のイミグレーションにたどり着くまで、両国国境の中立地帯だ。そこを貫く道には、ジンバブエからザンビアへ、あるいはザンビアからジンバブエへと行き交う観光客のほか、お互いの国へ商売や買い物にでも行くのか地元の人たちもたくさん歩いている。車も走っていた。
ジンバブエからザンビアへ歩く
ジンバブエからザンビアへ歩く
 この国境の道のすぐ脇には、世界遺産の巨大な滝、ビクトリアフォールズがある。上の写真、道の奥に白い雲のようなものが見えるが、あれは実は雲ではなくて、ビクトリアフォールズが巻き上げる水煙だ。この辺りからポンチョを着込む観光客の姿も目立ってくる。
 よく言われることだけれど、日本は現在、陸上で他国と国境を接していないから、国境を歩いて越えることにロマンを感じる人が多い。かく言う僕もそう思う。これまでにもフランスからドイツへライン川の橋を徒歩で渡ったり、リトアニアからラトビアへ車で移動したときも国境は歩いて越えた。それでもやっぱり、機会があれば何度でも越えてみたい。それはそういうものなんだ。
 国境を行き来するのは人間だけではなくって、いや人間よりむしろ野生動物のほうがはるかに多いにちがいない。この道沿いでもウォーターホッグ(イノシシの仲間)が普通に歩いていた。余談だけれど、このウォーターホッグの肉、なかなかうまかった。まあその話はのちほど。(day9後半へ続く)
 
 (13:29)