道

 きょうも南紀は朝方からよく晴れている。夜中は曇った時間があったものの、朝の6時頃は雲ひとつなく、満月からやや欠けたお月様が、うっすら明るみかけたなめらかな空に凛として美しかった。
 きのうにつづいて暖かい。天気予報によればこの暖かさもそろそろ途切れるようだが、きょうの午前から昼過ぎまではまだまだ暖かい。日向を歩いていると上着は要らず、ロングTシャツ1枚だけでも十分な感じだった。
 朝早く勝浦を発ち、バスで那智山へ向かった。勝浦から終点の参道下までは30分弱の道のりだ。参道入り口からの長い石段を、こどもからお年寄りまでみんな必死に上っていた。杖をついているお年寄りが多いのはこういうところでよく見る光景。僕はまだ杖は要らないけれど、もう若くはないし基本的に運動不足だからそれなりにはつらい。汗をかきかき上りきり、まずは熊野那智大社へ。さすがにここは参拝客や観光客が多く、賑わっていた。社殿はL字形に配されている。神武天皇ゆかりのヤタガラス(携帯では漢字が出ない(泣))の像が社殿の前にあり、お守りもヤタガラスがデザインされているものがあった。いやはや太古の記紀の世界である。
 つづいてすぐ隣の青岸渡寺へ。西国三十三所の第一番札所である。ちなみに京都の清水寺は十六番だと境内にいたガイドのおばちゃんが大きな声で盛んに説明していた。十八番はどこだろう。
 400年を超えるという本堂は見事なものだった。本堂の脇を抜けて下ると三重の塔。この三重の塔が滝を背景にしている構図は那智山の写真としてよく使われている。ただしあれは望遠レンズでバックの滝との遠近感をなくして撮っているので、実際に見ると当たり前だがパースがきちんとあり、写真ほどの密着感はない。
 三重の塔の前を通り、さらに森の中の石段を下っていくと、那智の滝の入り口に着く。ここは滝自体を御神体とした飛瀧神社になっている。熊野灘を行き交う船からも見えるという落差133メートルの那智の滝は、日本の滝としてはやはりスケールが大きい。まあスケールより何より神々しい存在感がある。神武天皇が見つけたとの伝説だが、彼もさぞや感動したことだろう(実在していれば、だが(笑))。僕は滝壺近くでその姿をしばし眺め、水の量と古の時間を感じ、音をじっと聴いていた。
那智山の熊野古道・大門坂 いま多くの日本人が憧れている旅先のひとつに熊野古道がある。屋久島と並んでブームといってもいいかもしれない。那智山と麓を結ぶ大門坂という名の熊野古道を、20分ほど歩いてみた。昔、関所の門があったためこの名前になっている。杉や竹や樟の森を渡る風が気持ちよく、石段に模様をつくる木洩れ陽が美しかった。途中すれ違った50歳前後のお姉さまが、隣の友達に「熊野古道にくるのがほんと憧れだったの。いまここにいるなんて信じられない」と興奮気味に語っていたのが印象的だった。ここは熊野古道のほんの一部。僕もいつか、すべての道を歩いてみたいと思う。
 そんなところで熊野の地を離れ、熊野の地酒「太平洋」の生貯蔵酒を呑みながら、現在は三重県南部を北上中。窓越しに射す太陽の光が暖かくて、いい感じに酔っていく。入り江の砂浜に無数の海鳥が群れていた。このあとは伊勢神宮へ寄ってみようと思う。
 
 (13:35)