朝のリレー

 好きな曲は? 好きな映画は? 好きな小説は?
 そう聞かれることは多いけれど、
 「好きな詩は?」
 と聞かれることは、あまり多くない。
 もちろん、もしもそう聞かれたとしても、たぶんいっつも答えには迷う。
 音楽や映画や小説とおんなじで、「いろいろあるから、決められないな」。
 そういう優柔不断な答えに、たぶんいっつもなってしまう。
 だけども、いっつもそれじゃあ、ちょっとつまんない。
 そこで僕は、決めておくことにした。こう聞かれたときは、こう答えよう、と。
 好きな曲は? そうだなぁ、オリビア・ニュートン・ジョンの「ザナドゥ」かな。
 好きな映画は? そうだなぁ、チャップリンの「モダン・タイムス」かな。
 好きな小説は? そうだなぁ、ヴィクトル・ユゴーの「レ・ミゼラブル」かな。
 言うまでもないことだけど、それだけってわけじゃない。それがいちばんってわけでもないかもしれない。
 でもひとつだけ答えなければいけないような場面に遭遇したとして、
 何かを答えることに決めておくとしたら、そういうふうに答えてもいいかなぁ、と思った。
 
 「じゃあ、好きな詩は?」
 そうだなぁ。ポール・エリュアールの「愛・詩」の一断章「地球はオレンジのように青い」か、
 あるいは、谷川俊太郎の「朝のリレー」かな。
 

カムチャツカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき 
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている
 
ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交替で地球を守る 
眠る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚まし時計のベルが鳴ってる
それはあなたの送った朝を
誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ

 
 うん、まちがいない。僕はこの詩がとっても好きだ。
 ニッポンの、おじさんにちょこっと足を踏み入れたお兄さんは、
 世界中からリレーされる言葉を、
 いまも、これからも、素直に受けとめて、次の誰かへ
 送りつづけていきたいと願う。
 
 (23:55)