創業、萬延元年

 萬延(万延)元年といえば、すぐに思い浮かぶのは「万延元年のフットボール」。あれ、ハマった。たぶんいま読んだらこれのどこにあんなにハマったんだろうと疑問に感じてしまうのかもしれないけれど、たしかに学生の頃はハマった。それはきっとそういう年頃でもあったのだろうし、そういう時代でもあったんだろう。
 それはそれとして、きょうの万延元年はノーベル賞作家大江健三郎のことでは全然なくて、万延元年(1860年)創業の辻利のことなんである。
 辻利といえば言わずと知れた宇治茶の名舗。祇園をはじめとする甘味茶寮の都路里で出す抹茶系パフェが大人気で、京都では観光客が列をつくって並んでいる、あの辻利のことですな。僕も何度かパフェをいただいたことはある。まあべつにこれといって大した感動もなかったわけなんだけども、いつだったか、祇園都路里に朝の開店前に男三人で先頭に並んで、一番客になってみたことがあった。たしかそのときのメンツは、ときをくんとイルカくんだったと思う。
 それはそれ。本日の話題は甘味のほうではなくて、お茶そのものの話、それもペットボトルの話なんである。
 正直、お茶のペットボトルなんて、どれも味は同じだと思ってた。実際のところ、伊○衛門も、お〜い○茶も、あるいは生○も、どれも変わらない。大してうまくもない。それについては、いまでもそう思っている。
 だからして、初めて辻利のペットボトルを見かけたときも、これもどうせ同じだろと思った。だから最初に見かけてから数度は、スルーした。
 あるとき……それはつい2ヵ月ほど前の話なんだけども、辻利のペットボトルが自販機で売られているのをたまたま見かけたとき、ふと興味がさして、買ってみた。
 飲んでみた。
 ……………………うまい。
 ………………………おいしい。
 これは、よい。口に含んでまろやかにさわやかにふくよかに広がるこれは何だ、と思った。ペットボトルのお茶は、どれも同じではなかった。僕はあさはかだった。
 以来、自販機で辻利のお茶を見かけると、2回に1回くらいの割合で、買って、飲んでいる。
 そしてきょうの昼、辻利のほうじ茶(焙じ茶)のペットボトルを見かけた。自販機の前を通り抜けたとき、その文字が目に入って、いったん通り抜けたんだけど少し進んでやっぱりと戻って、150円を入れて、買った。
辻利の焙じ茶 辻利のほうじ茶は初めての出会いだったから、ドキドキしてキャップを開けて、ひと口目をふくんで、舌の先でコロコロと転がした。香しく香ばしいほうじ茶の香りが、舌先から染み入って全身に広がった。やっぱうめぇぞ、これ。500mmのペットボトルを、ひと口ひと口、大事に飲んだ。
 きょうも出張仕事で竹橋に出かけていた。仕事が終わって、編集部の人たちと軽く呑んで、じゃあねと言ってひとり先に帰ってきた。
 東京駅まで歩いて、ホームに上がったら、また電車が止まってた。またしても、誰かが世の中を動かしたらしい。15分くらいしたら出発するであろうとアナウンスが入った。出発を待っている間、これを途中まで書いていた。
 なかなか動き出さなかったので、ホームに出てみた。自販機には伊右衛門お〜いお茶があって、辻利はなかった。
 結果論として、自販機のペットボトルのお茶は買わなかった。辻利がなかったから買わなかったのか、辻利があったとしても買わなかったのか、そのあたりは僕にはどっちともわからないけれど、ひとつだけ言えるのは、辻利のペットボトルがどんなにうまかろうが、これを言っちゃあミもフタもないけれど、家で湯呑みで口にふくむ温かいお茶にかなうものはないってことだ。あれはだって、もう単なる味とかそういうレベルではないし。
 単なる味ではなくて、やわらかな気持ちとほっとした空気を呑む、それがお茶。ペットボトルではダメでしょう、やっぱり。
 

 (23:43)