野球大好き!

◆野球の季節が始まる

 WBCワールド・ベースボール・クラシック)準決勝第2試合の日韓戦は、昨年のNHK紅白歌合戦トリノ五輪のフィギュア女子シングル決勝を上回る平均視聴率36.2%、ゲームセット時は瞬間最高視聴率なんと50.3%を記録したそうだ。
 日曜の昼間ということもあったろうが、雨で中断している間も30%をキープしていたといい、とにかく関心が高かったことがうかがわれる。サッカーの飛躍的な人気上昇に加え、読売巨人の独占システムに対する不満がいいかげん募って低落していたここしばらくの野球が、一気に息を吹き返した瞬間といえるかもしれない。
 
ロイヤルホストのホットファッジサンデー 日本が決勝進出を決めた数時間後の夕方、18時前、神保町のロイヤルホストで編集者のとき氏とホットファッジサンデーを食べていた。けっこうデカイやつ。30代のオヤジ2人でそろって食うものでもないが、まあこういうのはときどき食べたくなる。それもありか。
 店に入ったのは17時半近かった。開放的な窓際の席に座った。窓の外はきのうも風が強かった。人々は真冬の木枯らしに吹かれてでもいるように、襟を立て、背中を丸めて歩いていく。落ち葉や紙くずがものすごいスピードで、道路の上を転がるように走り抜けていった。
 たしかにきょうの風は、冬のように冷たい。だけれども、17時半を過ぎても、外はまだ明るかった。つまりこういうこと。風は冷たくても、もう木枯らしの季節ではなくて、確実に春へと向かっているのだ。
 そう。メジャーリーグも日本のプロ野球もまもなく始まる。それより先、3日後には、春の甲子園が始まる。
 僕は開会式の23日に京都へ入り、翌24日の試合を朝から一日見てこようと考えている。この日の対戦カード、第1試合は一関学院(岩手)−岐阜城北(岐阜)、第2試合は横浜(神奈川)−履正社(大阪)の大一番、そして第3試合が待望の八重山商工(沖縄)−高岡商(富山)だ。
 高校野球も、もう30年の長きにわたって見続けている。最近は昔ほど根を入れて見ているわけではないけれど、それでもやっぱり、高校野球が好きであることには変わりない。
 高校野球は実は僕が求める野球の原型であり、永遠のあこがれであるのかもしれない……最近はそんなように思うことも、ある。
 

◆日本の野球が始まった場所

 話を戻そう。神保町のロイヤルホストは、3年ほど前に完成した地上29階・地下3階建ての高層マンション「東京パークタワー」1階にある。
 ロイヤルホストの窓のすぐ前は、それほど広くない道を挟んで学士会館の敷地になっている。
「日本野球発祥の地」の碑 その道路端に、奇妙なモニュメントが建っている。巨大な右手が、野球のボールを握っている。かなりリアルな造形で、間近で見るとグロテスク、いやちょっと滑稽ですらあるモニュメントだ。ボールには地球の地図が描かれている。太平洋を越えて、野球の生まれ故郷・アメリカと、日本が、戦争するのではなく、ひとつのボーダーレスな球の上で、ボールの縫い目で結ばれている。
 これは、「日本野球発祥の地」の碑である。
 東京・一ツ橋(神田錦町)の学士会館は、東大の前身・開成学校があった場所。現在の学士会館昭和3年(1928年)に完成した、雰囲気のある建物である。ここにアメリカから教師としてやってきたホーレス・ウィルソン氏が、生徒たちに野球を教えたのが、日本における野球の始まりといわれている。1872年、明治5年のことだそうだ。
 それから130年余り。同氏が野球殿堂入りを果たしたのを記念し、この地を日本の野球がスタートした場所としてモニュメントがつくられた。
 除幕式は2003年12月6日。2年3ヵ月前のことだから、誕生してまだ間もない碑である。とはいえ、“真の野球世界一を決める”第1回WBCの準決勝が行われ、日本とキューバが決勝進出を決めたその日に、このモニュメントの前に立ち、僕はひとつの深い感慨をまた新たにした。
 ……「野球が大好きだ」というその気持ちを。
 

◆“世界野球”への意義ある第一歩

 世界のプロ野球リーグにおいて、アメリカのメジャーリーグよりは総合力で劣るだろうがトップクラスの実力を持つと思われる日本と、アマチュア野球界で長い間トップの位置に君臨してきたキューバメジャーリーグの代表が一国に集まれない以上、日本−キューバというこの対戦は、プロとアマの対決という構図において第1回WBCにふさわしいカードといえるのかもしれない。
 野球の母国アメリカや、現代のメジャーリーグを支えるドミニカ共和国ベネズエラプエルトリコ、メキシコなどのカリブ海諸国・地域、また日本を脅かすアジアの強国で、予選では6戦全勝とナンバーワンの実績を残した韓国などが決勝に進めなかったのは残念でもあるけれど、トーナメント戦の決勝だから当然2チームしかそこへ駒を進めることはできない。
 韓国も悔しいだろう。参加国中トップの6勝を挙げたのは事実であるし、日本にだって2勝1敗と勝ち越したのだ。明らかに結果(成績)の上では韓国が上。今回の韓国は、日本に負けたのではなく、システムに負けたとさえいえるかもしれない。もちろんサッカーW杯でも、予選リーグのある組で下位通過したチームが同組上位通過チームを決勝トーナメントで破ることはありうるけれど、決勝トーナメント初戦で同組の上位と下位が対戦するというこんな仕組みはありえない。ある組の上位は決勝トーナメントで別の組の下位と当たるし、下位は他組の上位と当たる。それが当然の話だろう。今回のWBCでは、まるで予選リーグでたくさん勝ったチームのほうが不利である(あるいは、予選リーグでたくさん勝つ意味はまったくない)かのようですらある。
 日本だって、準決勝進出はまあ要するに棚ボタといっていいだろう。運がよかったというだけの話。だからこそきのう日本が勝っても僕はどこかすっきりしないし、韓国の人たちに気の毒だという思いもぬぐいきれない。もし逆の立場だったらと考えると、本当にやりきれない。
 だけれど、今回の大会は(たとえアメリカの独断という事情があったとはいえ)こういうルールで実行すると決められたうえでスタートしてしまったのだ。2次リーグまでで圧倒的に強かったのは文句なしに韓国。そのうえで、準決勝に運よく進出した日本が韓国に勝ってしまった以上、たとえ総合成績は1勝2敗であっても、トーナメントだから日本が決勝に進まざるをえない。決勝に進んだ以上は、がんばってほしいと思う。審判員の制度や質なども含めて、システムの不備は今後改めていかなければならない問題。それはそれとして、ひとまずはたとえ試行錯誤であったとしても、野球において世界一を決める大会が開かれたという事実は、これはとてつもなく大きな意義を持つものだ。
 それと同時に、「日本野球」とか「韓国野球」とかあるいは「アメリカ野球」とか、そういった“国民国家野球”のレベルを超えた真のワールドスポーツ「野球」として、歩み出すきっかけになってくれればと、僕は願う。
 だから僕自身も、一国民国家の国民という立場を超え、一野球ファンとして、決勝戦を楽しみにしている。韓国の人にも、アメリカの人にも、ドミニカやメキシコの人たちにも、同じように楽しみにしてほしい。
 「日本野球」でもなく、「アメリカ野球」でもなく、野球が、僕は大好きだ。
 
 (16:11)