羅城門のもののけ

 暑い京都も夕方近くから風が吹き出して、すこし涼しくなった。夕飯に濃厚な京都ラーメンと半チャーハンを食って、摂りすぎたカロリーを吐き出そうと、宵の散歩を始めた。
ライトアップされた東寺の五重塔 涼しくなったといっても、20分も歩くとやっぱり汗がジワッとわいてくる。さすがは夏の京都だ。九条通りを西へ進み、前方にライトアップされた東寺の国宝・五重塔の威容が浮かんできた。時刻は8時をとうに回っていて、南大門は閉じられている。石段におばあさんが3人座り込んで、なにやら話をしていた。なんでこんな時間にと思うが、たしかにいた。
 その横を通過して、九条通りをさらに西へ。九条通りはかつての平安京の九条大路。都の南端に引かれたラインである。東寺はその名のとおり、“あるもの”の東側に建てられた寺。何の東側かといえば、平安京の南の入り口、羅城門だ。
 羅城門……羅生門という呼び名のほうが親しみがあるかもしれないが、ともかく平安京のメインストリート・朱雀大路に設けられたこの巨大な門の東に東寺、西に西寺があった。東寺はいまも残り世界遺産にも登録されているけれど、西寺はすでに失われて、存在しない。
 そして、羅城門もすでにない。ただし東寺を右に見て九条通りを5分ほど西進すると、右側の道端に羅城門の跡という案内を発見できる。その脇をちょっと入ったところの小さな小さな公園の真ん中に、「羅城門遺址」と記された石碑だけが残っていた。平安京の正門が千年後にはこれか……と、もののあはれを覚えさせるさみしさ、いや空虚感だ。
 公園自体は怪しくない。こども向けの遊具も置かれていて、昼間ならなんということのない児童公園である。しかしいまは夜。誰もいないし、暗い。そんな公園にひとり入り、石碑の横にたたずむ。羅城門の由来を記した案内板が建っていたので、夜目をこらして読んだ。
 それを読み終わるか終わらないかのタイミングだ。たぶんおそらく気のせいだと思うんだが……右足のふくらはぎ辺りを、軽くつかまれた気がした。気のせいにちがいない。辺りには誰もいない。もしかしたらネコでもいてふくらはぎにぶつかったのか? とも思った。でも、「いや、ちがう。つかまれた」、そんな確かな感触が残っている。
 羅城門といえば、怪談奇譚がよく知られるところ。たくさんの人がここで死んでいるし、有名な鬼の話も伝わる。「まさか?」とは思ったけれども、背筋をすーっと何か寒いものが抜けていった。でもまあ、気のせいでしょ、まちがいなく。僕はそう割り切って、静かにその場を立ち去った。
 表通りに戻る。早足に歩き出すと、右のふくらはぎに、まだ違和感が残っている。きょうはけっこう歩いたから、その疲れがこの感触を生み出しているのにちがいない。なのだけど、それでもまったく気にならないといえば嘘になる。まるで何者かがあの場で僕の右足につかまって、それをずっと引きずっているかのような……いや、気のせい、気のせい。そう言い聞かせる。
 また20分とちょっと歩いて、にぎやかな京都駅近くに出た。宿に戻り、部屋に入って、右足のすそをめくってみる。すると、
 ……べつにつかまれた痕なんてなかった。まあ、ないよね。
 なかったけどね。でも、そういうことがあっても不思議じゃないと思わせるような、失われたうつろな歴史の存在感が、あの石碑の周囲に漂っていたことは、否定できないなと思う。昼に行けばまた全然ちがうんだろうけれども。
 
 しかし、羅城門が建っていたその場所には、壮大な都のメインゲートだった頃の趣はもはや何ひとつ残っていない。千年でこれなのだから、さらにはるかにさかのぼる邪馬台国の位置がいまだに判明しないのも、仕方がないことなのかなとため息をついた。時間の流れって、力強い。
 
 (23:13)