これ以上ない悲劇

 前にも書いたかもしれないけれど、実家の父が脳の病気(いわゆる認知症ではなく、妄想を見聞きして恐怖に陥る脳の病)で寝たきりになっていて、母が趣味の茶道なんかで出かけたりするときは、僕が実家に行ってオムツを替えたりなどしている。といっても僕がそのために行くのは月に数日だから、そのほかの日に父の面倒を見てくれている母や、実家住まいの弟にはほんと感謝なのである。
 まあそれはともかくとして、きょうは朝からそれで実家に行った。昼、なにか食べようと思って冷蔵庫を開けると塩辛があった。僕は塩辛が好物だから(もちろん塩辛以外にも好物は数えきれないほどあるんだけれど)、さっそく、台所のタッパーウェアに入っていたご飯を温めて、冷蔵庫から出した塩辛の瓶を手に持ってコタツのところに向かおうとすると、左手に持っていた塩辛の瓶がなにかに引っかかったと感じたその刹那、激しい音を立てて床に落下した。
 台所の床に散乱した、塩辛色に染まった無数の瓶のガラス破片と、すでに食物という地位から解放されグロテスクな姿であるいは飛び散り、あるいは小高い丘となって積もった塩辛たち。その掃除をするのに15分もの時間を要し、温めたご飯はすでに冷め、僕は塩辛まみれになった。なんたる悲劇。その悲劇から数時間が経過した現在もなお、僕の両手は塩辛の匂いを立ち放っているのであった。いま電車の中だけど、隣の人ゴメン。
 
 (16:52)