都落ちの帰京

聖護院辺りの町並み


 以前、父が京都へ赴任したとき、アパートの近くの喫茶店でママさんに「いやあ、都落ちですよ」と愚痴ったら「都に上れてよかったんじゃないですか!」(を京都弁で)と本気で驚かれたそうだ。京都の人々の都意識はいまでも強く残っているとはよく言われるけれど、実際にそういう状況に直面した父のほうがむしろ驚いたとのこと。
 まあ、いまどきの京都人がそういうふうに言うのは半分以上話のタネなのだろうが(僕も京都の宿や飲み屋で冗談でそんな反応をされたことはある)、なんにせよ京都の気高さと東京への意識を同時に感じさせられておもしろい話だ。
 いま、京都から伊丹空港へ向かうバスの中。このあと夕方6時半頃の飛行機で東京に帰る。つまり都落ちの帰京である。「名にしおはばいざ言問はむ都鳥」とは在原業平が関東のド田舎、隅田川のほとりで都を思い詠んだ歌だったか。たしかに考えてみれば、東京は法律上、行政上の立派な首都ではあっても、“都”と呼べるような堂々とした風格、そこに住む人間たちの“都人”としての気概は、感じられないかもしれない。それはやっぱり、所詮、東京は京都とは比べられない田舎なんだということだろう。もちろんそんな風格やら気概やらというものは一朝一夕に醸成されるものではなく、まだ都としての歴史が150年弱しかない東京にはムリな相談なのかもしれないけれど。
 
 京都の町はこの数日、ちょっとだけ涼しい日が続いているようだ。きのうも夕方から夜は涼やかな風が吹いていた。来週にはもう秋の雰囲気が漂い始めるのだろうか。まもなく伊丹空港到着。 (17:25)